株の配当金を狙った長期投資を実体験を踏まえて研究。

 秋です。


 美味しそうな柿が、鈴なりになっています。


 思わず一句。





 柿見れば 腹が鳴るなり 午後六時





 ふっ、正岡子規を越えたな。


(↑ 間違いなく勘違いです。)


 読書の秋ということで、お勧め書籍をば。


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続き


 まずは、ビジョナリー・カンパニー3、衰退の五段階。


 ビジョナリー・カンパニーシリーズ待望の企業経営の失敗に焦点を充てた一冊。


 おもしろいので、一気に読んでしまえます。


 ただ、読後の感想としては、以前のビジョナリー・カンパニー2冊と比べると、物足りなさというか、消化不良感が残りました。


 それは、この本で冒頭に触れられているように、企業の飛躍と衰退が、ロシアの文豪トルストイ作『アンナ・カレーニナ』の書き出しと同様であることに原因がありそうです。


 ちなみに、「すべて幸福な家庭は互いに似かよっているが、不幸な家庭はそれぞれに不幸の趣を異にしているものである。」というのが、その書き出し。


 飛躍した企業と異なり、衰退にはこれといった定型パターンというものがなく、じゃあどうやって衰退や復活を見分けて投資すればいいのよという問いに、容易に答えが出せないのです。


 衰退して倒産してしまうなら、あるいは倒産しないまでも低収益に甘んじるしかないのなら、それまでの投資はサンクコスト(どう頑張っても取り返しのつかないものとしてあきらめなければならないもの)として撤退を考えなければなりません。


 他方、復活するならば、そこは絶好の投資のタイミングであることも事実です。


(現在ブイブイいわしているアップルにエラー音が出ていた20年ほど前を振り返ってみるといいでしょう。)


 衰退の段階に入ったことは何となく分かっても、そこから軌道を上向きにできるかどうかの判断は難しいものがあります。


 本業が何かを見極め、そこに焦点を充ててコツコツと巻き返しを図っているかどうかがポイントになりそうですが、それですぐに復活というわけにもいかないでしょう。


 いずれにしろ投資に生かすには、ビジネスを見る目も養う必要がありそうです。


 この点、衰退例として取り上げられた企業を見ていると、参入障壁が低かったり、技術革新で容易に陳腐化してしまう事業であったりと、意識しておくべきことはありそうです。


 バフェットじいじが手を出さない事業ではないかという感想も持ちました。


 その意味では、衰退の可能性が高い事業形態がどういったものなのかという点にも意識をおくとよいかなと思いました。


 著者は、業種は様々でどの事業分野でも衰退しうるとの考えのようですが、バフェットじいじなら少し違った意見を持っているのではないでしょうか。


 2010年9月26日付、日経新聞19面の読書のコーナーに、神戸大の加護野教授の書評が出ていて、日本企業の衰退の研究である『組織の<重さ>』と『戦略暴走』という本との読み比べを推奨されていました。


 『組織の<重さ>』の方はアンケートと統計を駆使した学者さんの論文で、素人が読んでも退屈ですから、お勧めはしません。


 わたくしも、いち素人として目を通しましたが、ちんぷんかんぷんちんぷんぷん。


 脳みそにお花畑が咲いてしまいました。


 投資に役立つというよりは、実際に企業内部で実務に携わる人に参考になるのかなという感じ。


 『戦略暴走 ケース179編から学ぶ経営戦略の落とし穴』の方は大変におもしろいので、こちらはビジョナリー・カンパニー3と共にお勧め。


 ハーバード・ビジネススクール風のケースメソッドに基づいた企業戦略の失敗例が、これでもかと挙げられています。


 こちらは投資にも生きると思います。


 様々な企業の経営の過去にも触れられ、とても興味深いです。


 うちの投資先の会社も、あんなことやこんなことで大失敗していたようです。


 本書は失敗例を国際化、多角化、不動産の3つのカテゴリーに分けています。


 昨今、日本企業では、円高や国内市場の飽和から海外に進出する意識も高まっているようですが、それにも様々なリスクがついてまわります。


 特に、国際化のカテゴリーに分類されたケースからは、企業経営を見る上で参考になることが多かったです。


 良い本です。





戦略暴走より、著者・三品神戸大教授の心に染み入るお言葉>


 企業の戦略は、遠くの一点を見つめつつ、確度の高い命題、もしくは正義に賭けていくのが、本来あるべき姿である。ここで正義と言うのは、資本主義の下で企業という存在が、世の中を良くする何かを創造する以外に生き残る道がないように仕組まれているからである。戦略暴走や戦略不全に陥った企業は、この宿命から逃げたことを、戦後日本の企業史が示している。創造力の喪失こそ、我々は問題とすべきなのである。