株の配当金を狙った長期投資を実体験を踏まえて研究。

 歴史上最も恐るべき投資家の話をしましょう。


 性は呂(りょ)、名は不韋(ふい)。


 中国戦国時代の大商人であった呂不韋は、それまでの成功にあきたらず、もっと大きな野心を抱いていました。


 戦国時代も終わりを告げつつあり、最強の国家、秦が統一を果たしそうだ。


 その秦の王を自らの手で育て上げれば……。


 秦は当時、昭王の治世でしたが、高齢の昭王に代わって実際の政治は、太子の安国君によって行われていました。


 安国君が次の王となることは既成事実です。


 その安国君には、20数人の息子がいました。


 しかし、安国君が寵愛した華陽夫人という女性には子がおらず、安国君の正式の跡継ぎは決まっていなかったのです。


 この状況を把握した呂不韋は、当時、秦のライバルである趙の国に人質として送られていた、子楚という安国君の息子に目をつけます。


 秦は趙を攻める計画を持っており、子楚は殺される運命にある不遇の子でした。


 始めから見捨てられた子なので、秦から送られる金も多くはなく、王族といえども暮らしは豊かではありません。


 奇貨おくべし。(今は安いが将来値上がりするものを逃してなるものか。)


 呂不韋は子楚に近付き、売り出すために金銭を援助し、社交のやり方を教え、社交界へ送り出しました。


 そのうち、趙の国に人質として送られている子楚は立派な人物であるという噂が、諸国に広まりました。


 呂不韋は同時に、華陽夫人にも工作の手を伸ばします。


 賄賂を使って華陽夫人と面会させてもらい、子楚は優れた人物である上に安国君と華陽夫人を慕っていると、それとなく伝えました。


 その上で、子供のいない華陽夫人に、老いたら安国君の寵愛も薄れるから、是非とも養子を取って太子にし老後の安泰を図りなさいと、華陽夫人の姉を抱き込んで勧めさせたのです。


 その養子が子楚であったことは、言うまでもありません。


 こうして、子楚は秦の王位に最も近い位置についたのでした。


 とはいえ、人質生活は続きます。


 ある時、秦と趙が交戦状態となりました。


 人質の子楚に生命の危機が訪れます。


 呂不韋は大金をばらまいて子楚を趙から脱出させ、秦の軍営にかけこませることに成功しました。


 その後、昭王が亡くなり、跡を継いだ安国君も既に年をとっていたため、即位後1年で亡くなります。


 太子の子楚が即位し、荘襄王となりました。


 呂不韋は丞相(今の日本で言うところの総理大臣)に任命されました。


 呂不韋の大きな投資は、10年近くの歳月を経て見事に実を結んだのです。


 この投資は、さらに大きな実をもたらします。


 実は、子楚が趙の人質だった頃、呂不韋の愛妾(愛人)の趙姫を見初め、譲ってくれと言われたことがありました。


 ここで断っては、子楚が機嫌を損ねて計画がうまくいかない可能性が生じます。


 呂不韋は、壮大な投資計画のために自分の愛妾も差し出したのです。


 そして当時、その愛妾は呂不韋の子供を身ごもっていました。


 呂不韋は、自分の愛妾だけでなく自分の子供も投資したというわけです。


 やがて荘襄王も亡くなり、その子供が即位しました。


 秦王、政です。


 権勢並ぶ者のない呂不韋でしたが、最後は自分の実の息子である秦王、政によって殺されます。


 その後、政は中国の統一という壮大な事業を成し遂げました。


 この政こそ、誰もが歴史で学ぶ、中国初の統一王朝を創り上げた秦の始皇帝です。


 ちなみに、この秦が英語のCHINAの語源という話ですよ。


 このお話には、投資の要諦がきっちり描かれていると思います。


 澤上のおじさんは、株価の勉強をする暇があったらバルザックや大河小説を読んでおけと仰っています。


 金太郎氏もそう思います。


株は配当金を狙ってTOPに戻る