株の配当金を狙った長期投資を実体験を踏まえて研究。

 最近、経済学と名前が付くと妙なやる気を出して、小難しい本を読む金太郎さんです。


 今回は、「司法政策の法と経済学」。


 著者は福井秀夫さんで、東大法学部を卒業後、建設省に入省。


 法政大学教授等を経て、政策研究大学院大学教授をされているそうです。







 内容ですが、法律や裁判所の判断、それから司法政策に経済学の考え方を導入していくべきという主張に沿って、様々な問題点を鋭く分析していらっしゃいます。


 本書の各所で出てくるのが、「コースの定理」と呼ばれる経済学の原理。


 権利が明確に法に記述され、その実現や再設定のための取引費用がゼロであるならば、誰に権利を配分しても常に資源配分は最適化され、社会的な豊かさも最大化されるというものです。


 経済学者でノーベル賞も受賞したロナルド・コースが提唱した原理です。


 身近な例で考えると、日常食料品の買い物なんかが妥当するようです。


 様々な値段を付けた店舗の中から、消費者は広告等を見て、取引費用ゼロで自分の一番納得のいく値段を付けた店を選び、お金を払って欲しい物を手に入れます。


 このとき、売り手と買い手の利益は最大化され、資源配分も最適化されているというわけです。


 この他、自分は朝早いのに、隣人が夜に商売をしていてうるさくて眠れないといった場合、隣人は騒ぐことで月に5万円の利益を、自分は10万円の損害を被っているとします。


 この時、自分が隣人と取引費用ゼロで交渉できれば、5万円以上10万円以下のお金を払って静かに商売をしてもらう合意が成立し、効率的な結果がもたらされるってなことも言われます。


 ところが、ちょっと考えれば分かる通り、取引費用がゼロであることは稀です。


 上の夜の商売の例でいうと、商売している人が話の通じない怖い人である場合もあります。


 こうなると、きちんと弁護士さんを雇って法的に処理する必要が生じてきます。


 公害問題などでは、操業を止めろ、いや無理だってなことになって、そもそも事後の交渉も不可能になり、取引費用ゼロで効率的な結果がもたらされることはないでしょう。


 このようなことからコースの定理については、机上の空論として否定する経済学者さんもいらっしゃるようです。


 本書ではコースの定理について、否定してしまうのではなく、その有効性を認めた上で、取引費用を限りなくゼロに近付ける政策的努力こそ重要ということを主張しています。


 上の例でいうと、弁護士費用とか訴訟費用とかを限りなくゼロに近付けていくということですね。







 このような経済的観点から様々な司法の問題を書いていらっしゃるのですが、特に知っておくべきは司法改革、とりわけ弁護士、裁判官、検事といった法曹人口の増加の問題でしょう。


 司法改革は日経新聞でも取り上げられてましたが、法曹人口が極端に少ないことによって、日本では司法サービスに関し情報の非対称化が起こっているということです。


 つまり、弁護士に相談できる金持ちと、相談できない貧乏人、或いは弁護士がたくさんいる都会と弁護士過疎の地方の間の格差のことです。


 司法サービスを利用できない個人は泣き寝入りを強いられ、結果、主張しうる権利も主張できないままに捨て置かれ、資源配分にも歪みが生じることになります。


 ちょっと考えてみるとなるほどと思うのですが、今現在、警察に無実の罪で逮捕されたとします。


 信頼できる刑事事件専門の弁護士さんが思い浮かびますか?


 或いは、隣人の嫌がらせで神経が弱ってしまいました。


 すぐに相談できる民事事件専門の弁護士さんは?


 自治体の決定で、家の近くに産業廃棄物処理場が建設されることが決まりました。


 相談できる行政事件専門の弁護士さんはどうでしょうか?


 生命に関わる医者ですら、とりあえず総合病院、或いは内科ならあの病院とか、外科なのであの病院といった区別ができるのに、法律問題でこのようなサービスが無いのはどういうことでしょう。


 本書はこの問題について、法曹人口を増やすこと、弁護士が独占している業務を開放し誰でも行えるようにした上で、インチキ弁護士等は訴訟取扱経験や訴訟結果などの情報開示と市場の判断により淘汰すべきと訴えます。


 つまり、情報開示さえきちんとしておけば、悪い噂の立つ人間にそもそも依頼する人はいないということです。


 法曹の中には、法律サービスの質の低下を招くといった反論をする人がいますが、今の法律サービスの質が高いと思っているのなら、ちゃんちゃらおかしいと思います。


 一部の人間にしか恩恵のないサービスなど、まともなサービスとは呼べないでしょう。


 大体、法曹人口が増えて医者のように専門化が進めば、事件ごとのサービスの質は一層高まるはずです。


 コースの定理との関係でいえば、弁護士が独占していた市場の拡大開放により、適切な競争原理が働き、取引費用をゼロに近付けることにもなるでしょう。


 投資との関係でいえば、個々の株主と法律サービスが接近すれば、会社に対し適切なコーポレートガバナンスを行う基礎ができるということが言えると思います。


 本書が指摘していることは、非常に示唆に富んだものと思いました。







 この他、裁判官の経済感覚の無さを痛烈に批判し、経済学を学ぶべきということも論じてらっしゃいます。


 訴訟当事者間の利益を比較し、弱者救済のための妥当な結論を導いたつもりの判決が、経済学を知らないために、訴訟終了後、弱者いじめの結果をもたらしてしまうという批判です。


 経済という言葉は経世済民から来ているそうですが、社会のひずみが持ち込まれる裁判所で裁判官が経済的感覚もないまま判断を下してしまうことは、この言葉に真っ向から反する結果をもたらす可能性があるのでしょう。


 これから裁判員制度が導入され、一般市民も裁判に加わることになります。


 司法の問題点の一端を勉強するのには、難しいですが良い本だと思います。







 後1つ、コースの定理の考え方についてはなるほどと思いましたが、その結果もたらされるという効率の最大化が、必ずしも人々の幸福の最大化をもたらさないということは注意が必要でしょうかね。


 うるさい隣人の例でいうと、そもそも夜に騒ぐ非常識な人間に金を払って止めてもらうという結論は、それが住宅地であれば賛同を得られないでしょうし。


 タカ&トシに、「欧米かッ!」って突っ込まれるような効率一辺倒の理論でなくて、日本で培われてきた道徳観とか社会観から、何が人々の幸福感を最大化するのかということを意識した理論の方が説得力があるように思います。


 是非、「コースの定理」なんていう輸入品でなくて、日本人が考えた最高の理論「福井の定理」を編み出して欲しいところです。


 以上、司法政策の法と経済学の感想でした。


 読む人いるのかな(笑)。


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コメント
この記事へのコメント
配当金太郎様
おひさしぶりです。
難しい経済の本は読めないけど書き込みに来ました。
今年は株でかなりやられてほとんどおとなしく潜水艦のように沈んでいます。挽回のチャンスが来たら・・・と思ってますが、当分来そうに無いですなー
色々情報交換によらせていただきます。ご訪問ありがとうございました。
2007/04/21(土) 02:27 | URL | TAKA #EBUSheBA[ 編集]
今年は同時株安がキツかったですからね。
銘柄選択をきちんとしてれば、待ってるうちに浮上してくるでしょ。
損→一発逆転狙い→大損→さらに大きく逆転狙い→無一文
この流れにハマらないように、地道にじっくりいきましょう!
(^-^)b
2007/04/21(土) 09:44 | URL | TAKA様 #-[ 編集]
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2007/06/02(土) 14:01 | | #[ 編集]
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2007/06/02(土) 14:16 | | #[ 編集]
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2007/06/03(日) 18:18 | | #[ 編集]
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2007/06/03(日) 18:34 | | #[ 編集]
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2013/09/26(木) 02:57 | | #[ 編集]
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