株の配当金を狙った長期投資を実体験を踏まえて研究。

 最近、某知事の経費が問題にされ、世間を騒がせている。


 納めた税金が、私的に流用されたり無駄に出費されたりでは、都民も納得できないだろう。


 (↑ あ、都民と書いたら、どこの知事かバレるぢゃん。)


 知事に限らず、金庫を預かる者には、他人のお金に手を付ける誘惑は常につきまとう。


 そしておそらく、他人のお金ほど気軽に楽しく使えるものもない。


 自分の金では絶対乗らない一等客席、私的には絶対泊まらないロイヤルスイート、高級料亭での食事もそう。


 これらは往々にして、他人のお金だからできることであろう。


 自治体の場合、税金という形で納付したお金であるから、厳密には個々の都民のお金ではない。


 それでも都民は怒っている。


 この様子を見ながら、思うことがある。


 それでは、私企業のトップが同じことをするのは問題ないのか。


 投資を始めて初めて気付いたことだから、多くの人間は気付かずにいることだろうが、実は私企業、特に上場されている企業には、より直接的に我々のお金が入っている。


 株式を保有すればもちろん、保有していない場合でも、各種の保険に入れば保険会社を通じて保険料が株式にも回るし、預金は銀行を通じて株式、社債、貸出金となって企業に入っていく。


(追記 各種の年金もそう。これはより分かりやすい例だ。年金基金の投資先の企業の無駄遣いで、自分の年金が脅かされるとしたら、どうだろうか。お約束の分散投資が行われているとはいえ、投資先の個々の企業では、資本の分担をしていることに変わりはない。株主として、一言言いたくなるのではないだろうか。)


 オムロン創業者の立石一真が言うところの、「企業は社会の公器である」という言葉の一側面である。


 最近は異次元の金融緩和とやらで、日銀がETFを買っているが、こちらは公金が多くの企業の株式を保有することで私企業を支えていることになるだろう。


 つまり、私企業といえども、会社の株式の多くを握り事実上のオーナー社長であっても、会社のお金は他人のお金だ。


 投資経験の中で、一社、赤字を垂れ流しているにもかかわらず、CEOが某知事同様にファーストクラスで移動し、ロイヤルスイートに宿泊していたことがあった。


 当然のことながら既に売却済みであるが、その事実が書かれた本を読んで大変に腹立たしかったことをよく覚えている。


 しかし、多くの人間は、自分のお金や自分の所属する社会の公金が、このような形で使われていることにすら気付いていない。


 もちろん、絶対にこのような出費をするなと言うわけではない。


 それぞれの事情で効果があるなら、出費しなかった場合をはるかに上回る利益をあげられるなら、それは合理的であるからやってもらっていい。


 しかし、パフォーマンスも上がらないのに、ましてや損失を与えながらやるようなものでは決してないはず。


 某知事の問題は、実は私企業の方でこそ問われるべき問題だ。


 なぜなら、そのお金はより直接的に我々のお金だからだ。


 虚栄心を満たすであろう出費は、基本的に身銭をきってやるべきもの。


 自分のポケットから出せないなら、他人のポケットにも手を入れてはいけない。


 取締役や監査役、その他、企業経営に携わる人間は、薄汚い手が伸びてきたら、平手でピシャリと叩いて引っ込めさせないとだめだ。


 そして、一般人も社会の仕組みを理解し、金庫番たちの不都合な真実に気付かないといけない。


 知らないところで抜かれているのに気付かない。


 世の中にはそういうことがよくある。